冬の気配に
                〜 砂漠の王と氷の后より

      *砂幻シュウ様 “蜻蛉”さんでご披露なさっておいでの、
       勘7・アラビアン妄想設定をお借りしました。
 

軽やかな金の髪に玻璃玉のように透き通った淡色の双眸。
風貌の線も細く、肌も抜けるように白いとあって。
異教徒の住まう北方か、
それへ隣接した土地の出自との誤解を受けやすい身だが、
生国は当地よりさらに南の、
常夏と言っていいほど年中暑く、
しかも緑の数もまばらな乾いた土地だったので。
屋外で あまりに強い陽の下に立つと、
その姿が周囲の砂色に溶け入ってしまいそうになったほど。
訊いた話では、
父の母方の祖父母の家系のいづれかに、
遠国から嫁いで来た方がおり、
髪が淡色の縁者も結構いらしたので、
さほどの違和感を覚えた試しはなかったけれど。
こうまでくっきりとそちらの特徴をたたえた存在は、
この砂漠の地に於いてはよほどに珍しいものなのか。
幼きころより冴えた美貌の持ち主だった、
そんな末娘を紹介された客人のことごとくが、
真昼であるにも関わらず、夢幻に出会ったかのように、
眸を丸くしたり、声を失くしたりしたものだった。

 「………。」

深窓の姫としてあまり外へ出されなかったせいもあったし、
あまりに片田舎の小国であったので、
尚更に珍な存在と思われたのかも知れぬ。

  それが

この、沙漠の覇王が統べる地へ嫁いだ今は、
さほどの“奇妙”とされぬのが皮肉なもので。
こちらへと迎えられたおり、
王は元より 大臣や神官のみならず、
さほどに世間が広くはなかろう後宮の女官や侍女たちですら、
この姿に目を見張る様子はなかったことへこそ、かすかな違和感を覚えもし。
そうか此処ほどの大国ならば、
様々な人種も寄り集まっていての、北方の風貌さえ稀ではないのかと、
そんな納得を勝手に得ていたものが。

 『この後宮には、既に2人ほど妃がおるのでな。』

この砂の大陸で“一夫多妻”は珍しい話でもないし、
ましてや自分は名ばかりの妻、実態は“人質”として差し出された身。
夫婦としての営みを持つ存在が他にいても不思議はないと、
何という感慨もなく聞き流していたところ、
顔合わせの儀で引き会わされた第一王妃が、
自分と同じく金の髪に白い肌、
そちらは青い双眸をした美姫だったものだから。
ああそれで、尚のこと、
自分のこのいかにもな異形にも驚く人々ではなかったかと、
あらためて納得し直したほど。

 『シチロージは、北領の皇女であったからの。』

ここ砂漠の大陸の遥かなる北端に位置し、
唯一、雪と氷に縁のある極寒の地。
そこもまた、今現在は覇王カンベエの統治下にある土地だそうで、

 『もしやして、
  お主の眷属とやらも、同じ土地の生まれであったのやも知れぬな。』

常に鼻にかけちゃあないが、それでも誇り高き高貴な王族の血統を、
他愛なくも一緒くたにしてしまえる何とも大雑把な男を。
困ったお人よと、嫋やかな苦笑でもって ひと睨みした、
それはそれは風格ある存在であった麗しい正妃とは、
さして間をおくこともなく、情を通わす間柄にもなれはしたが。
姿をぼかすヴェールなぞ邪魔だと、
素顔での対面もこなすほど、心置きなく接するようになってなお。
泰然とした威容こそ持ちつつも、
氷のと感じさせるような、
鋭に冴えたところには遇したためしがなくて。

  ―― 本当に?

確かに凛としておいでではあるものの、
その優しくも穏やかな笑みや、
時に悪戯を企んでは、
もそっとこちらへと呼び招いての耳打ちをするときに伝わる、
甘やかな匂いをまとった肌の温みなどからは、
清冽なまでの冷たさや厳しさは、到底感じられないものだから。
獣の毛並みをそのまま生かした、
重い外套なくしてはおれぬほどとかいう、
キュウゾウもまた草紙や客人のお話でしか知らぬ、
身も凍る極寒の地から来たりたお人なのだろかと。
時折 思い出しては小首を傾げてしまう、
こちら様こそ“烈火の”と称されるほどの気性を隠さぬ、
紅蓮の姫だったりするのだが。

 「…姫様。」

灼火の陽や砂混じりの風を防ぐため、
外延に近い壁ほど分厚く、窓も小さく刳り貫くのが常套の砂の国。
とはいえ、砂防の林に囲まれ、城塞にも守られている王宮の、
そのまた奥に位置する後宮は、
そういった用心が要らぬほどの穏やかな空間であり。
敢えて挙げるなら、そういった自然より人を用心してのこと、
戸口や窓辺へ宝玉連ねた飾りものを提げ、
風の訪のい、微かなそれでも知らせるようにという工夫を欠かさぬくらい。
一際 華やかな飾り鎖を提げ、
それで押さえた格好の、更紗の幕を巡らして。
陽は透かしても風は入らぬようにとされた居室のすぐ外、
それは見晴らしのいい踊り場へと出ていたキュウゾウへ、
侍女の一人が畏まった声を掛ける。

 「………。」

言葉は発せずの、視線だけ。
それで“何用か”と問うていること、さすがに浸透している宮であり。
床へ膝つき、両の腕を胸元に交差させ、手のひらは軽く二の腕へ。
そのような恭順の姿勢をとったまま、
つややかな黒髪のせた頭首を垂れていた、妃づきの女官が告げたのは、

 「今宵、お渡りをとのお達しが。」

よって、湯浴みをなさいますようと、
これは向こうの側からの、言わずもがなな付け足りへ。
微妙にその薄い胸元を上下させ、深々と吐息をついた第三夫人だったのだった。





       ◇◇◇



炯の国では、それが王族の娘でも、
侍女に必要なだけを手桶で掛けてもらう格好の清めが常だったものが。
この国はどれほど豊かな国情ででもあるものか、
砂漠のただ中にあるにもかかわらず、
泉からほとばしる水をふんだんに庭へと走らせておいでだし。
後宮の妃らも、ごくごく当たり前のこととして、
なめらかな肌目の石から削り出した大きな浴槽に、
なみなみと湯をたたえた中へと浸かっての、
それは贅沢な沐浴を、常の日課としておいで。
かぐわしい香油を浮かせた真っ新な湯と向かい合い、
一等最初にその洗礼を受けたおりこそは。
怪しいものを所持しておらぬか、
すみずみまで確かめる口実かと警戒したものの。
それにしては例の護剣を取り上げられなんだ矛盾に、
ますますのこと小首を傾げてしまった紅蓮の妃だったのは、
……ままさておいて。

 「……。」

その契りは政略的なもので、形だけの婚儀と聞かされていた。
ただまあ、人質の身ゆえ、何をされようと歯向かってはならず。
例えるならば、
鬼神へと供されし生贄のようなものとの覚悟も多少はあった。
ついでにいえば、
その折には隙だらけとなるだろう男の寝首を、
この手で掻き切ってやるとの意気盛んでもあったキュウゾウだったが。
名ばかりの夫は、
あれほど恐ろしい剣豪であった第一印象をするすると忘れさせるほど、
存外 穏やかで優しい男でもあり。

 「おお、来やったか。」

陽が落ちれば打って変わって、冴えた夜気の満ち始める宵の中。
毛織の天幕を窓へと降ろし、
それによる夜陰の濃さを押し返さんということか、
そこここに幾つも配された金の火皿には柔らかな灯火。
ここいらの殿方の常着でもある、
短い襟の立つ、足元までの長さした、カンドーラという白のトーブをまとい。
その上へ濃い色の、ビシュトという裾長の上掛けを羽織っており。
気に入りの寝椅子やその足元へ、
綿を含ませた敷物を幾重にも敷いて、
ゆったりと身を延ばしている姿は、泰然としていて頼もしく。
たっぷりとした布に覆われ隠されているというに、
これへと腕を延べての誘
(いざな)われると、
その大ぶりな手の骨格に、衣紋の下にある精悍な四肢の存在感を思ってしまい、

 「   〜〜〜。///////」

思わずのこと、頬を熱くし視線を逸らせば。

 「如何した?」

ほのかにトーンの低まった声がかかる。
執政にかまけているときは、ただただ思慮深くて人品高潔な賢王だのに。
王宮にいるときは気も緩んでのことか、
言動のところどこで、
人を揶揄して振り回すよな、人の悪さも出なくはないカンベエであり。
物にも人にも世間にも、慣れの少ないキュウゾウを、
たどたどしい言いようを慈しんで…とはいえど、
何かといっちゃあ 言葉でもってなぶるよな、
ささやかな意地悪をなさることがあり。
当初はきゅうきゅうと困らされちゃあ、
憤怒の末、前後不覚になったのを、
まんまとその張本人から担ぎ上げられ、寝間へと組み伏せられていたもので。
手に負えぬなら私にお言いとした、シチロージからの入れ知恵や約定もあり、
機微に不慣れなキュウゾウでも、今はさほど手古摺ることもなく。

 「……。」

こたびもその伝で、
ぷいとお顔を背けたまんま、何とも応じず歩みを進める。

 『あれは此処より暑い国の姫なので。』

この地の冬は、微妙なそれながら堪えるやも知れぬからと。
そんな気遣い下さった、第一夫人から拝領されし、
薄いが目の詰んだ毛絹のマント、
ヒジャヴという上掛けを、
緋色と朱金の更紗の衣紋の上、
その細い肩から背へ長々とすべらかしての御渡りであり。
つんと澄ました態度は、覚えたての大人の真似をする子供のようでもあって、
いっそ微笑ましいものではあったれど。
此処でなおの揶揄を重ねても、
相手はそれこそ子供の側に間近い若姫。
機嫌をますますのこと損ねさすばかりで、
それこそ大人げなしとは 身に染みて知ってもおいでの王なれば。
そっぽこそ向いたが、それでも歩み寄っては来る紅蓮の姫を、
顎へとたくわえたお髭を撫でつつ、大人しゅう待つことにし。
それもまた冬支度に敷いたもの、すぐ目の先の段通の上へ、
絹を張った沓に覆われた小さな爪先が、
半ば埋まっての立ち止まったの見計らい。
卓へと並べた器から、脚のついた縦長の金杯を手にすれば。
それを合図と姫もまた、同じ卓からぎあまんの瓶子を手に取り上げる。
どうにも勝手が判らずにだろ、
宵に呼ばれた王の間で、
甘えて諂
(へつら)うのも癪だし、
さりとて…まかり越した以上は、そのまま帰るというのも業腹で。
ただただ立ちんぼになるばかりでいた彼女だったのを見かねてのこと、

 『酒でもついではくれぬか』 と

もそっとお寄りと言う代わり、
カンベエの側から、そんな形で水を差し向けたところ、
今ではそれが一種の段取りのようになっており。
相手は椅子なり窓辺の桟なぞへ、無造作にも腰を下ろしたままでのお声掛け。
高さに差のある関係から、間近に寄ったその上で、
こちらも座すか、片膝でもつかねば、要領よく酌は出来ぬ。
そも、王族という高貴な存在が、
親族以外の他人へ給仕をする機会なぞあるはずもなかろうにと、
そこで憤然とするほどもの“世慣れ”を持たぬ姫だったこともあり。
そこまでは昂然と構えておったのが、それは素直にますますの間近となり、
結構重みのある瓶子、取り落とさぬようにと用心深く、
しずしずと傾けてのそそいで差し上げる様子はまるで、

 『年経た父御への、ご奉公のおつもりかも知れませぬな。』

後日に正妃が ほほと微笑ってそれは即妙に揶揄したらしいが、
ままそれは別のお話だとするとして。
少しほど空いていた寝椅子の座面へ腰掛けて、
相変わらずに瓶子の先へと集中するばかりの白い横顔を、
こちらはそれをこそ眼福と、間近に堪能しておれば。
多すぎず少なすぎずの丁度をそそげたぞと、
思わずだろう安堵の吐息をついたのがまた、何とも可憐で稚
(いとけな)く。
こちらもついつい、精悍なばかりの面差しを、ふわりと破顔させてしまえば、

 「……。」

何だ何だ、何が可笑しいのだと、
打って変わって目線を尖らせ、頬を膨らますのがまた愛らしく。

 「なに。その上掛けがアレの守りをまとうておるようだったのでな。」

そこは故意な所作ではなかろうが、
やや乱暴に片手という不調法さで扱ってのどんと、卓へ戻された瓶。
それから離れた白い手を取れば、
中指へ飾った指輪に端を通したガウンもまた、
細腕へまとわったままでついて来る。
深みのある品のいい赤に染めた、軽やかだが夜寒に十分に耐え得るヒジャヴは、
特にどこかへ縫い取りがあるでもないながら、
それでもこの利かん気な妃が、此処で唯一 頼り甘える存在の、
深くて頼もしい情愛をも色濃く染ませているかのようであり。
それへと気が逸れただけよと、真意を紛らわせたカンベエの言いようへ、

 「………。」

額の半ばへと提げていた、髪へのケープを押さえる貴光石。
それより蠱惑な光をまといし、紅の双眸 瞬かせ、
何を思ったか、しばし表情が固まっていたキュウゾウが、

 「……ならば」

よほどに思案を巡らせたものか、うんうんうんと数刻ほど案じてのそれから。
両手につないであった、上掛けの端の輪環を不器用そうにもぞもぞと外し、
肩にも留められてあったところは、
んんんと突き出す格好で畏れ多くも覇王様に外させると、

 「………。」

暖かだった毛絹のケープが、
支え失い、柔肌の上をするりと落ちる。
細い肩からすっかりとすべり落ちたその途端、
見て判るほどもふるると痩躯を震わしたところが、
カンベエへ小さな動物を思わせて。
これはいかんとの苦笑とともに、
覇王が広げたは自身の上着、濃色のビシュトで。
薄い背中のその向こうへと回した腕にて、
姫の痩躯をすっぽり全て、取り込むように掻い込めば、

 「…………………あ。///////」

引き寄せられたと同時、
間近になったは まろやかな温み。
堅いが頼もしい筋骨の質感と、強かそうな男の匂い。
それらが一気に総身をくるんでくれて、

 そうされると落ち着く自分だと、
 今の今、しみじみと気がついたキュウゾウで。

ほんの少し前までは、
こんなされたら とっても恐くて落ち着けず、
ハリネズミのように 心をささくらせての、
ただただ堅く緊張するばかりだったのにね。
こちらからも身を寄せ、頬をぽそりと胸板へ添わせれば、
大きな手がゆっくりと髪を梳いてくれる。
堅いばかりで武骨な懐ろは、だが、
それを相殺して余りある、確かな温みに満ちており。
トーヴ越しに触れた肌からの体温が、
これ以上はない安堵をくれるから不思議。
生まれてからのずっとを過ごした故郷から、遠く遠く離れたこの王宮の中、
最も落ち着ける場所が此処だなんて。
胸が煮えるほど、血が凍えるほど憎くて憎くてたまらぬと、
思った相手の懐ろで…そんなことを思う日が来るなんて。

 「……………。」

 「んん?」

如何したかと見下ろしてくる、
今はその翳りも柔らかな印象の、深色の眼差しを見上げ返すと。
何でもないとかぶりを振った姫ではあったが、

 “…………あのスープも?”

赤い実野菜を使った当地の御馳走、奇妙奇天烈な味わいのするスープ。
どうにも馴染めぬキュウゾウへ、
何年も飲んでおれば慣れますと、シチロージが笑って言っていたけれど。
あれと同じことなのかしらと、
む〜んと唸って突拍子もないことを思った姫だったこと、
気づきもせずに見守る王を。
天幕の外、冴え冴えとそのお顔を覗かせていた望月が、
そちら様こそ苦笑をたたえてか、
燦然と輝いての夜陰の帳
(とばり)を昇っておいでの、冬の晩だったそうな。






  〜Fine〜  11.01.05.


  *赤いスープというのは、
   砂幻シュウ様のところのお話で出て来たエスニックなスープのことです。
   お知りになりたい方は、
蜻蛉様の救済帳へGO!

  *相変わらずに、
   砂漠の国の、しかもちょっと昔らしき設定に関してを、
   何も判らぬまま書いている無謀な代物です。(ど〜ん)
   多少は調べもするのですが、
   そうこうするうち、
   書きたかった肝心なネタがどっかいってしまうので。
   そうなる前にという中途半端に書き始めてしまう悪循環。
   今回も、
   シチさんは案外と水には苦労してなかった土地の生まれなんだろな、
   寒い土地だってこともあり、
   沐浴も自然にこなしてたんじゃないのかな。
   片やのキュウゾウさんは、
   水が金ほども希少な土地の姫だろうから、
   実は風呂が苦手だったりしてとか、
   そんなもやもやが沸いての書き始めたはずが、
   結果は…ただの おさまとのいちゃいちゃに終わってるあたり……。

ご感想はこちらvv めーるふぉーむvv

メルフォへのレスもこちらにvv


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